平成の大修理

■ 其の五 (平成大修理の落慶及び本堂建立760年法要)
 平成22年10月10日、晴天に恵まれ、鐘楼・山門・閻魔堂・諸堂落成、本堂建立760年法要が執り行われました。 お稚児行列が芽豆羅保育園から下時枝の門前を練り歩きました。 稚児や参拝者の皆さんは、本堂の善光寺如来様の御手からの五色の糸で繋がれた回向柱に触れ、ご本尊様とのご縁を戴きました。 記念撮影の後、布教堂で檀信徒の方々、関係者の方々が参列し法要が厳かに執り行われました。 法要後は、鐘楼からのお餅撒き。 晴れの日に、皆さんの笑顔が輝いて良い法要となりました。

本堂前の回向柱
中宿回向 稚児行列
本堂内での法要 稚児記念撮影
関係者記念撮影 布教堂での堂内式
餅撒き

 

■ 其の四 (鎮守社の移築)
 本堂裏の森に普段はほとんど人目に触れることなく鎮守社があります。 以前は境内の地にあったと思われるが、明治維新の神仏分離令により境内から本堂裏山に移築されました。
 森の中にある鎮守社は、痛みも激しく屋根は破損し、社殿の一部は朽ち始めており、早急の修理が必要であるとの判断から、境内(本堂裏)に移築改修を行う事にし、平成18年2月に着工しまし、平成20年4月に社殿の造営は完了しました。
 なお、ご神体の遷座式の予定は決定していません。

旧鎮守社 改修中の鎮守社

(平成20年4月)


■ 其の三 (山門の解体修理)
 山門(本門・南門)は種々の記録から1686年の建立と推測されます。宝永2年(1705年・「梵天山」の額の寄進)、天保10年(1839年)、昭和12年(1937年)、昭和51年(1976年)と修理を加えてきました。 しかし、長年の風雨、白蟻等の被害による痛みは甚大で倒壊の恐れさえ危ぶまれ、平成17年5月(2005年)解体修理に着工しました。平成18年3月に山門本体が完成し、平成19年4月山門の扉を取り付け全ての工事が完了しました。

旧山門 改修なった山門


■ 其の二 (閻魔堂の建立)
 かって増長院に安置されていた閻魔様は、平成12年の増長院の解体により現在は布教堂に仮安置されています。
 善光寺如来様と深い因縁のある閻魔様を安置する閻魔堂の建立と、鐘楼の大修理を、善光寺本堂建立750年を記念しての事業です。

平成15年1月中旬    閻魔堂の工事が始まりました。
平成15年8月中旬   閻魔堂の建立工事が完了し無事閻魔像の安置を 終了しました。
平成15年8月16日   完成した閻魔堂、鐘楼の前で信徒の方、ご近所 の大勢の方が閻魔踊りを奉納しました。

 
完成した閻魔堂 堂内に安置された閻魔像と御輿


■ 其の一 (鐘楼の解体修理)
 この度修理を行なった鐘楼は寛保2年(江戸中期)小笠原長賢公の発願により再建され、さらに10年後の宝暦2年梵鐘が設置されました。その後、天明8年、天保6年および大正11年と3回の修理が行われ今日に至りました。
 しかし、牢強な鐘楼も時の変遷と共に枯損朽廃、ことに平成3年当地を襲った台風19号により鐘楼がねじれ柱を支える台石の1つに亀裂が生じ、また、柱の1本に横亀裂が生じたことから倒壊のおそれがあり解体修理以外に維持することができないと判断されました。
 この時から梵鐘の妙音は聞かれなくなりました。

平成3年の台風19号から12年
       荘厳な梵鐘の妙音が大晦日の夜、豊前平野に響きわたりました。

旧鐘楼 改修なった鐘楼
改修後毎年大晦日に行われる除夜の会

 

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